タコスの思い出

ニューヨークのワールドトレードセンターが瓦礫と化したその翌年の夏、ぼくらはアメリカ経由でメキシコに入った。
ぼくにとって(というのは、相方はもう何度もこの国に足を踏み入れていたので)初めて降り立つスペイン語圏のその国は、見るもの全てが刺激的だった。


そんでいきなりタコス屋なのだ。
タコス屋の屋台は、陽が傾くころに魅惑的な光と匂いを放ち、なぜか男ばかりがおびき寄せられていた。 ぼくらもその賑わいにふらふらと誘われると、6つくらいしかない座席は当然満席だったのだけれども、メキシコ男たちはめずらしい東洋人に席を惜しげもなく譲ってくれるのだった。 
目の前には大きな丸太のようなまな板と、ねぎだのなんだのが焼かれているこれもおおきな丸い鉄板。 天井からは肉やらソーセージやらコーラの瓶やら電球やらが無造作に吊り下げられている。
タコス屋の大将、ホセとその弟マリオ(勝手に名付けさせていただきました)は、器用にナイフをつかって肉をそぎ、刻んだたまねぎ、レタスなどの野菜といっしょにトルティーヤに包む。
はじめて見る本物のタコス。 さっき席を譲ってくれたおじさんが後ろから、ほら、こうやって食べるんだぜ、とレクチャーしてくれる。
サルサソースを好みでのせて、レモンをかるく絞って、一口に頬張る。 旨くて笑いがこみ上げる。 一皿に5つのって、100円くらい。